旧体制の旗が焼かれたのはいつのことだっただろうか? 僕が中学生に上がる頃(2006年)にはすでに半ば新憲法の理念が行き届いていたので、革命前夜はそれより少し前だ。思えば新世紀を境にADSLが普及しはじめたのは大きかった。高速なインターネット回線が革命を成就させたのだ。そう考えると僕は革命に加わる苦労なく恩恵を享受した最初の世代とも言えるわけで、実際かなり牧歌的な生活を謳歌できた。噂に聞く革命以前のようにこそこそ隠れてやり取りなんてしないし、あけっぴろげに会話していてもマッチョ官憲に引っ立てられる恐れはない。
インターネット・テキストは大宇宙を突き抜ける散乱した光だ。理論上もっとも速く進むエネルギーでありながら質量がない。ぽつぽつと光っては消え、総体としては永遠のようでいて個体では一瞬の輝きにも満たない。太陽の光のように生命を育まず、一等星の光のように道標にもならない。かつて僕には師がいた。数多の師がいた。僕が一方的にそう決めただけでなんら関係を結んだわけではないけれど、ともかく彼らは作家ではなかった。彼らは地球の重力圏では到底捉えきれない速度でカウス・アウストラリスに向かって孤独の旅路を歩んでいたから、銭を生むなどという世俗に沿う行為は不可能だったのだ。
名前を出すのも億劫なあの人とかあの人とかが台頭してきた時、ああ、マスキュリズム の一派なんだなと僕は能天気に捉えていた。確かに男というだけで苦役が課されるのは理不尽だし、男性差別のみならず女性差別的ですらある。「男なんだからやれよ」は裏を返せば「女にはどうせできないでしょ」だ。そんな過去を反省してか、いくつかの国では男女ともに徴兵を課すようになった。本当は徴兵制自体をなくしてほしいが情勢的にはそうもいかないのだろう。
■2023年3月15日追記新規登録やプロフィール編集などの基本機能を備えたBlueskyの公式Webクライアントがリリースされたため本エントリの内容は遠からず陳腐化する。https://staging.bsky.app Twitter創業者ジャック・ドーシーが立ち上げた新しい分散型SNS「Bluesky」が話題だ。いや、ごめん嘘ついた。別に言うほど話題じゃない。今は招待制で限られた人しか利用できないし、そもそもiOS向けにしか公式のクライアントが用意されていない。現状ではサーバも一つしかないから分散型の特長を感じさせるような体験にも乏しい。