2021/03/06

金持ちの方が麦を食っている

もうじき三十路に達するともなれば、やはり肉体の健康が気がかりになってくる。思えば、数年前にダイエットを始めて十七キロもの減量に成功したのも、肉体に関する同様の懸念からだった。 カロリーを基礎代謝近くまで制限すれば当然、体重は減る。だが、減るのは脂肪だけに留まらない。よっていたずらに筋肉を減らさぬよう筋トレにも励むべし――各種の能書きが異口同音に言っていたのは概ねこんな具合の内容である。 しからば、とばかりにさっそく腕立て伏せをやってみると、おかしなことにただの一回たりとも満足にできない。能書きは、初心者は膝をつくとよい、と優しく付け加えた。ところが、膝をついてもやはり十全にはこなせない。二回もやれば腕が震えてくる。肉体の衰えが実感として襲いかかってきたのはこの時だ。 Read more

2021/02/25

漫画や小説のマルチエンディングは良くない

前置き キャラクター商売というのは因果なものだ。客をコンテンツに食いつかせる重要な要素であると同時に、食いつきが良すぎて引き剥がせなくなってしまうリスクも孕んでいる。 主人公に正ヒロイン候補が複数人いる形式の恋愛モノを想定してもらいたい。こういった作品は、各ヒロインが様々な駆け引きを繰り広げるものの最終的には必ず一人だけが主人公に選ばれて大団円を迎える。(対象年齢が高い作品やWeb小説などでは重婚やハーレムに発展する場合もあるが、本旨に沿わないため例外とする)少なくとも作品世界においてこれは主人公の選択とみなされるが、メタ的な視点に立てば作者の意思に他ならない。では、唯一の正ヒロインは本当に作者の胸先三寸だけで決定しているのか、といえば、必ずしもそうとは言えない。 Read more

2021/02/12

書評「限りなく透明に近いブルー」:全体的に不潔

前置き 本作を最初に手にとったのは高校生くらいの頃だったと思う。当時、ある種の焦燥感から小説を乱読していた僕は母の蔵書――この頃は電子化以前だったため部屋の壁面と押入れが埋まるほど本があった――から適当に抜き出して読むということをやっていた。その日、不運にも僕の手が捕まえた一冊がまさしく本作「限りなく透明に近いブルー」であった。 当時、本作を通じて得られた読書体験はひかえめに言っても最悪に近かった。高校生の僕には無秩序な堕落が延々と続いているようにしか思えず、むろん、登場人物の誰一人にも共感できるところはなく、おまけに後半は一文がやたらと細切れになっているのに段落が少ないせいか読みづらかった。いっそ読むのをやめてしまえばよかったのに、そのうち面白くなるかもしれないとチンタラやっているうちにページの末尾までたどりついてしまった。読了後の感想は「全体的に不潔」の一言に尽きた。 Read more

2021/01/30

もはや「漠然」とは言えない加齢への恐れ

そいつは年を追うごとに近づいてくる。五年ほど前はまだ遠くで手を振ってくる程度の間柄だったが、この頃は背中にぴったりとくっついてまわるようになった。僕は加齢が恐ろしい。どこからどう見ても僕がおっさんと思われる年齢に達した時、背中にへばりついていたそいつは僕の肉体と一体化して、そいつの持つ諸要素は僕自身のそれと混濁してしまう。そしていくらかの当惑を経た後、今度は何も感じなくなってしまうのだ。 コロナ禍以降、中年男性諸君らの活躍がめざましい。ある者はマスクの着用を拒否したいがために航空機で暴れ、ある者は同様の理由で試験会場にて暴れ、最近では、業務で書いたコードをまったく個人的な動機で公開して開き直るなどという珍事件も起こしている。彼らは決して知能に問題があったわけではない。むしろ大学教員であったり、中年でありながら再受験を志すほど学習意欲が旺盛であったり、技術職に携わる人間であったりした。つまり、知能に自信があってもこれらの事件の当事者のようにならぬ保証はないということだ。 Read more

2021/01/24

書評「推し、燃ゆ」:無限遠点の隣人

前置き 大量にある積ん読をすっ飛ばし、あえてこの本を優先的に開いたのにはわけがある。 第164回芥川賞を受賞して間もない本作は、なるほど確かに著者が弱冠21歳の若手、それも現役女子大生であることから大きく話題を呼んでいる。が、これはどうでもいい。この本を求めた理由は、僕が理解に悩んでいたある種の人々について、より深く解釈できるようになるかもしれないと期待したからだった。 ある種の人々は主にSNSを活動拠点としている。彼女らは各々の執着対象やアプローチの手法に応じてオタクや腐女子、あるいは絵描き、字書きなどと呼ばれる。これらすべてに共通する要素として、極度に簡素化された言葉遣い、スラングや定型句の多用、執着対象への強烈な感情の隆起と、裏腹に垣間見える現実世界への敵意ないしは無関心……などが挙げられる。 Read more

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