たまにはSNS上の騒動にも首を突っ込んでおく。先日、なにやら「焼肉の食べ放題で50人前の上タンを頼んだら店長にブチギレられた(大意)」とのポストが炎上していたらしい。この出来事をめぐって「食べ放題と言ったからには何人前であっても応じるべきだ」という意見と「常識をわきまえるべきだ」という意見が対立している。根っからの全身インターネット人間であるところの性分としては、”常識”だとか”マナー”だとかを振りかざされるとやはり反射的に闘争心がわいてしまう。全身がインターネットでできているだけあってあらゆる物事は0か1かではっきりさせたいし、そうでないものは非論理的だと鮮やかに断罪したい。先の問題も「ルールがあるならすべて明文化すればいい」と言い切れば、いかにもすっきりできそうな気がする。
過去記事を読み返すと3年前にこういう記事 を書いていた。あれから僕の食生活はさらに改善が進み、ついに食卓から白米を放逐せしめるまでに至った。白米を――放逐する――日本の食生活に慣れ親しんだ人間がそんな大それたことを言い出すと、いかにも鼻持ちならない健康志向のロハスだが、僕にとって問題なのは単純な健康の良し悪しではない。たとえば僕は二郎が好きだ。あの、ラーメン二郎である。グルテンフリーのロハスどもが全員裸足で逃げ出して、ひと汗かいて家に帰るようなおぞましいジャンクフードだ。曲がりなりにも健康に気を遣う人間が口にすべき食べ物では決してない。ところが、僕はこれを月に最低2回は食べている。他にも揚げ物だって食べているし、手間暇をかけて身体に悪そうなメニューも色々と作っている。
今更言うまでもない話だが、自分の頭の中を曝け出して人に読ませようなんて傲慢にもほどがある。通常、思考というのは曖昧模糊としていて取り留めのないものだ。一説によると高度な知能を持っているとされる人間様もすべての行動に前もって思考を割り振るのは難しいらしく、実際には事後承諾を余儀なくされている。思考の事後承諾とはすなわち、まず神経と筋肉の反射があり、思考が結果を評価するという仮説だ。つまり行動に即応性が伴っていればいるほど、人間の思考は後回しになる。なんであれすでにやってしまった行いを後から正確に評価するのは難しいので、人間の思考はしばしば自己正当化を図るか、逆に過度な内省に陥ってしまう。
■改訂履歴2024/03/20 ハッシュタグと日本語話者フィードに関する記述を修正はじめに 本稿は分散型SNS「Bluesky」の基礎的な理解を促す目的で記された文章である。主に登録開放以降に初めて参加した新規ユーザを対象にしている。この文章を通じてXと似ているようで違うBlueskyの輪郭が朧げにでも伝わると幸いだ。Blueskyの現状 2024年2月現在、Blueskyは競合SNSと比べて明らかに機能性に乏しく、中には運営陣の方針から将来にわたって実装される見込みが低いものも存在する。まずはそれぞれの違いを下表にて示した。なお、独自機能を持つフォークの実装系は本稿では考慮しない。