点と接線

#essay

黒人エルフと雇用均等

Amazon Prime Videoにて歴史的ファンタジー大作「ロード・オブ・ザ・リング」の最新シリーズ「力の指輪」 が絶賛公開中だ。僕はJ・R・R・トールキンの原作小説は中途半端で映画化作品しかまともに観ていないが、2話目の段階でかなり期待の持てる出来だと感じた。 その「力の指輪」についてだが、浅黒い色の肌をした俳優がエルフを演じていることで物議をかもしている。この俳優はプエルトリコ出身なので本当は黒人ではないものの、人種がなんであれトールキンの原作小説に肌の黒いエルフは登場していないらしい。

表現の自由の競争的側面

前提として、われわれがいま認識している「表現の自由」とは実質的に市場原理に基づくものであり、率直に言えば能力主義の産物である。 もし「表現の自由」が単に束縛を受けずに喋ったり書いたりできれば満たされうるのであれば、たいていの専制国家はそれを実現することが可能だ。誰もいない空室とか、閉じられたネットワーク環境でのみ表現を認めればよい。今風に表すと「壁打ち」だけ許せば事足りるということになる。 もちろん自由主義国家に住まうわれわれが認識する「表現の自由」はそんな程度の代物ではない。街中で、出版で、オープンなインターネットで、時には嫌がるであろう人の鼻先にさえ、それを突きつける機会までが約束された権利だと確信している。空間を共有する誰か一人でも苦言を呈したら即座に撤去などとなればほとんどの表現は公開できないからだ。「見せる権利」は「見ない権利」を明らかに上回っている。

人を増やすことのろくでもなさ

少子化はなにも日本に限った話ではない。中国や韓国もそうだし、アメリカやEUもそうだ。およそ先進国とは呼べない経済規模の国でさえ、出生率は減少傾向にある。極めつけは上記の画像だ。13億人超もの国民を誇り、間もなく中国の人口をも抜くと言われているあのインドが、とうとう人口置換水準を下回ったのである。 人口置換水準とは文字通り、その地域において人口を維持できる合計特殊出生率の値を表している。大抵は2.0とちょっとをキープできていれば均衡的と見なされるが、件のインドの数値はジャスト2.0。つまり今後これが回復しなければ、インドはいつの日か少子化に突入してしまうのだ。かの巨大国家でも人口減少には抗えない。この絶望的な事実をどう捉えるべきかちょっと考えてみたい。

アンチリコメンデーションとしてのラジオ習慣

ラジオ(SONY ICF-506 )を買った。今やラジオはインターネットを介しても聴けるし、情報リソースとしてなら他にいくらでも仕入れ先が存在する。にも拘らずあえてラジオを買った理由は、もちろん停電やインターネットの断絶を見越してのこともあるが、それ以上にライフスタイルの反映を兼ねてもいる。 現在、ウェブのそこかしこでせっせとリコメンデーションシステムが働いている。動画を観る時、音楽を聴く時、ググる時、およそなんらかの情報を得ようとすると、そいつらは仕事をはじめる。次に僕らが類似の動作を繰り返した際に、もっと僕らを気持ち良くさせるために。まったくおありがたい話だ。無尽蔵に噴出する情報の湧き水に巻き込まれて溺れる前に、飲むべき水とそうでない水を選り分けてやろうと言うのだ。おかげで僕らはひとたび好みが定まればいつも良い感じに冷えた水を飲める。水に飽きたらジュースやアルコールを選び直しても構わない。