2023/07/08

尻から10億番目のThreads所感

映画でも漫画でもよくある、主人公を散々苦しめた手強い悪役がさらに強い悪役に瞬殺されるシーン。どういうわけか僕はあれが好きだ。やっとの思いでしのいだ悪役をさらに上回る敵がいるという戦慄、恐怖、のみならず、その敵は同じ悪も容赦なく屠る冷酷さをも持ち合わせている。主人公たちは今後そういう強敵を相手にしなければならない……。 実のところ、我々が目の当たりにしているのはそんな光景なのかもしれない。数々の事業を成功させ大富豪に登りつめたイーロン・マスクは今や、同様に栄華を極めるマーク・ザッカーバーグにひねり潰される寸前だ。SNSに巣食う悪辣な左翼を成敗してくれたと快哉を叫んでいたインターネットのオタクたちもずいぶん口数が減ってしまった。 Read more

2023/07/03

書評「出会って4光年で合体」:生命のダイナミズムと射精

インターネット上に突如現れた本作「出会って4光年で合体」は約400ページもの連なりを持つエロマンガだという。その常軌を逸した頁数もさることながらなおも並々ならぬ異常性を感じさせるのは、各ページに刻まれたおびただしい量の文章だ。作品欄のサンプル画像に気圧されて購入を断念した人も多いだろう。だが、まず言っておかなければならない。あれはまだ序の口だ。 一方、早々に読み切った猛者の間では絶賛の声が相次ぎ、星雲賞受賞待ったなしとの評も囁かれるなか、僕は本作を手に取るまで冷めた態度で騒動を見守っていた。オタクの誇大表現にはいい加減なんらかの法規制が敷かれるべきではないのか、と呆れたところで、いやしかし、400ページのエロマンガなど正気の沙汰では描けぬもの、もしかするともしかするかもしれない。そう考えて、やはり読んでみることにした。読み終わる頃には目がしばしばしすぎて柴犬になった。 Read more

2023/06/26

GNU Social JP管理人 対 僕

「太陽を盗んだ男」という名作邦画がある。異常な理科教師が紆余曲折の末に自室で小型原爆を作って日本政府を脅す話なんだけども、原子力を太陽に例えたタイトルが素晴らしいのはもちろんのこととして企画段階で付けられた仮題も僕はけっこう好きなんだよね。 「日本 対 俺」 っていうんだけどさ。腹から声を出して読み上げるといかにもシュールで面白い。 まあしかし現実はえてして地味なもので日本政府と戦った城戸誠とは及びもつかず、僕が今回挑んだのはGNU Social JPの管理人なわけだ。レスバなんて何年もしていなかったからずいぶん肩が凝ってしまった。本稿を読む人はGNU Social JPの管理人が何者かすでに知っているだろう。一口で言えばFediverse版のまとめサイトのような代物を運営している人物だ。 Read more

2023/06/19

さようなら、いままで絵文字リアクションをありがとう

どうやら僕にとって絵文字リアクションは過ぎた代物でしかなかったらしい。もうすぐそれが通用しない場所に出戻ってしまうけれど、かつて僕の投稿を可愛いアイコンで彩ってくれた人々に感謝の意を表したい。なにしろこれから絵文字リアクションをぶっ叩く持論を展開するので、まずそう言っておかなければならない。 AP実装で初めて絵文字リアクションに触れた場所は言わずもがな、Misskeyの旗艦インスタンスであるmisskey.ioだった。当時、絵文字リアクションがもたらす広範な表現様式に魅了されたのは確かであったし、ioのデータ消失事件をきっかけに移住を余儀なくされた後も「絵文字リアクション対応」は僕の中で常に一定のプライオリティを保っていた。 Read more

2023/06/14

ショットガン装備

 通学路の道すがら、通りかかる交番にはショットガンが架けられている。大人が三人も入ったらぎゅうぎゅう詰めになりそうな手狭な空間の中で、それはいっそう神々しい異彩を放って僕を釘付けにした。まるで御神体みたいだと思った。 「熊が出るからな」と言葉少なめに言うのは僕の兄だ。長老みたいなお爺さんと入れ替わりに兄が警察官になったのが十年前で、僕がショットガンに惹かれたのも同じ頃だった。 「じゃあ兄いは熊が出たらこれを使うの?」と前のめりに質問すると彼はやや間をおいて、やはり手短に「まあな」と認めた。壁に備えつけられた透明な箱に鎮座するショットガンは、アクション映画に出てくるものとそっくりに見えた。これで撃たれたらひとたまりもなさそうなのは当時でもなんとなく想像がついた。 学校でも、家でも、近所でも、大人は口々に「山さ入ったら死ぬぞ」と僕を脅した。この村ではどんな子供も熊の存在に脅かされて育つ。『行くなと言われて行った子、みーんな死んだ』という題名の絵本も発行されていて、どの家にも人数分置かれている。悪事を働いた際の殺し文句はもちろん「熊に食わせる」だ。 毎日、登校するたび僕は「御神体」に祈りを捧げた。熊が人里に現れた時には、これが僕たちを守ってくれる。兄が朝の巡回で交番を空けるこの時間、誰もいない直方体の家屋の奥に佇むショットガンはいよいよ超然としてきて、あたかも交番が聖なる祠と化したかのように感じられた。 ところが、そんな厳かな儀式も巡回を早く切り上げて戻ってきた兄に見つかると、昔の調子でめちゃくちゃ馬鹿にされた。 「きしょすぎるよお前」 「だって、熊をやっつけてくれるわけだし」 僕はもごもごと口答えをした。 「ていうか、兄い、こんなごついの本当に撃ったことあるの?」 「当たり前だろ。じゃないと本番で使えねえ」 兄は室内に置かれた書類棚をいじりながら背を向けて答えた。僕の脳裏には、たちまち大きな射撃練習場かどこかでショットガンを構えている兄の姿が描き出された。「すっげえ」と息を漏らした。 「村の”守人”だからな、俺は」 「もりびと?」 「守る人って意味だ」 兄はそう言って振り返り、細い紐で首に下げた金色の小さな板を指でつまんで見せた。 「これがそのお守りだ」 語彙不足だった僕はまたもや「すげえ」と答えた。 「お前、銃好きなん?」 兄の顔はいつになく真剣そうだった。 「うん、まあ」 質問の意図が掴めずに応じると、彼は途端にいたずらっぽい笑みを浮かべてこう言った。 「いいか、内緒だぞマジで。バレたらクビだからな、俺」 一旦、僕を室内に押し込んでから外をきょろきょろと見回した兄は、まもなく戻ってきて透明な箱の鍵穴に鍵を差し込んだ。中を開けてショットガンを取り出すと、僕の方へゆっくり差し出した。 「ほら、持ってみろ」 思いがけない出来事にどぎまぎして銃身を両手で掴んだが、兄の手が離れるやいなやずっしりとした重みと、ごつごつした感触が一挙に伝わってきて危うく取り落としかけた。「馬鹿、気をつけろ」彼は後ろに回り込んで僕の両腕を掴んだ。 「構え方はこうだ」 自分の半身をはるかに上回る大ぶりの銃身は、兄の補助なしではとても一人で支えきれなかった。兄のたくましい胸筋と両手にほとんど身を任せて、僕はなんとかショットガンを装備した。 「お前も警官になれよ。俺が楽できる」 背後でおどける兄の言葉にほのかな高揚を覚えた。 「僕になれるかなあ」 あの時の僕は無邪気に笑ってそう答えたものだった。 Read more

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