2022/06/06
マンション自治会怪異退治係
昼下がりの静寂を突き破るがごとく打ち鳴らされたチャイムに、僕は結構な怒りを覚えつつ応じた。例えるなら「はあい」と「あ゛あ゛?」の中間をとったぐらいの感じだ。
やや大げさにドアを開け放つと、そこにはいつか見たような顔つきの老人が立っていた。記憶は曖昧だがきっと同じ階の住民に違いない。瞬時に公共的な表情を取り繕った僕に、それを知ってか知らずか老人はぶっきらぼうに言った。
「あんたに決まったから」
「はい?」
「自治会の」
「ん?」
「アレの係にだよ」
「……と申しますと?」
会話を三往復したのに有益な情報はてんで手に入らなかった。いまいち要領を得ないなと訝しんでいると、驚くべきことに当の老人はもっと呆れた顔をしていた。どうやら要領を得ていないのは僕の方だと考えているらしい。歪んだ形の口元からハア、とため息を漏らすのが聞こえた。
「あんた、ここ住んで何年目?」
「今年からなので……まあ、半年くらいですかね」
「ここに入った時の契約書覚えてる? 自治会に強制加入なんだけども」
「ええ、それはもう、はい」
言われて初めて思い出したのは内緒だ。自治会という組織があれこれやっているのは知っているが、その一員に僕が数えられていたのは正直言って心外でしかない。こういうのってボランティア活動とかが好きな人たちの間で勝手に回っているものじゃないのか。
「昨日あったんだよ集会が。あんた出てなかったみたいだけど」
「昨日? ――まあ、色々忙しくて、はい」
初耳だ。
「それであんたがアレの係に決まっちゃったんだよ。いなくてもくじ引きで決まっちゃうからさ、こういうのは。だっていないから抜かそうなんて言ったら、来てる人の方が損するだろ」
「ウーン、なるほど。それで、アレというのは?」
これでまた話をそらされたらどうしたものかと思ったが、ついに老人は明確に回答をよこしてくれた。
「『怪異』の退治係。出るんだと、来週中に。会長のお告げだ」
「はあ?」
もっとも、回答が明確だからといって僕の理解が及ぶかどうかは別問題なのだけれども。
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